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沖縄!(その3)
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さて、沖縄といえば音楽です。僕の尊敬する坂本龍一氏が「日本には音楽はないが、沖縄にはある」と言ったように、沖縄は音楽の宝庫です。リズム的にもスケール的にも、日本にはない素晴らしい文化を持っています。

しかし、実は僕は、最近のヒットチャートに現れる沖縄をベースにした音楽が、必ずといっていいほど愛だの平和だのをテーマにしていることに少々うんざりしていたのです。そうじゃないだろ?もちろん、そういう曲がある事自体は構わないけど、それが沖縄のすべてじゃないだろ?熱狂と狂乱のリズムにのり、ただひたすらに快楽に身を委ねる、そんな曲だってあるじゃないか。そういう曲の中にも、沖縄の真髄はあるはずなのに。どうして沖縄っていうと愛と平和ばっかりなんだ?

僕は少し食傷気味でした。

そんな最終日、帰りのフライトまでまだ時間があった僕は、空港にほど近い場所にあるひめゆりの塔に行きました。

皆さんご存知の通り、沖縄は戦時中、日本最大の地上戦が行われた場所であり、沖縄の最南端に位置するこの防空壕は「ひめゆり学徒」と呼ばれる女子高生達と負傷した兵士達等、およそ100名がいた場所です。

この狭い防空壕の中に100人もいたとなると、中の暑さは想像にあまりあります。その中で、動員された女子高生達は寝る間もなく負傷兵達の介護にあたりました。写真には「第三外科壕」と書いてありますが、その頃には物資もほとんどなく、手当などはまったく出来ない状態だったそうです。助かる見込みのない者には毒薬を飲ませて殺すしかなかったとのことです。

そして6月19日、この防空壕の中にいた人々は、米軍の発煙弾攻撃を受け、約80名が亡くなりました。逃げた生徒も行き場を失い、倒れるもの、海岸で海に呑まれるもの、また、手榴弾で自決するものもいました。

立っているだけで目眩がしそうな沖縄の日射しの中、僕はこの塔の前で言葉を失っていました。手を合わせ、頭を下げ、彼女達の冥福を祈った後帰りの車に乗ると、そこには一面のサトウキビ畑が広がっていました。僕は、この畑の中を行き場もなく彷徨ったであろう彼女達の姿を想像し、どうしようもなくやるせない気持ちになっていました。

愛と平和だけが沖縄音楽のエッセンスではないという気持ちに、今でも変わりはありません。しかし、僕たちが沖縄を考える時、この塔が意味するものを考えることは人として必要なことだと思います。

青々としげったサトウキビ畑はどこまでも広がり、すべてを知っているかのように静かに風に揺れていました。
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