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GID (Gender Identity Disorder)
先日、とある番組で、性同一性障害の特集をしていました。取り上げられたのは、「体は女性だが、心は男性(FtMというそうです)」という方。

正直に言えば、僕にはその苦しみを理解することはできません。あまりにも想像を超えているから。つまり彼女-いや、「彼」に与えられた苦痛の大きさは「想像を超えている」のです。

で、そこでふと思い出しました。僕はちょっと前に、このブログに「女性が男性の服を着ても何も問題ない。男性が女性の服を着ると大問題」という趣旨のことを書きました。あの時点ではテーマはもっと単純な話だったので、ここでこんな話題を持ち出すことは不謹慎かもしれないし、そんなレベルの話ではないことも重々承知ですが、あの時点で僕が思ったとても単純な疑問とつなげて、同じ障害を持つ逆の立場の人・・・つまり、「体は男性だが、心は女性(MtFといいます)」という立場で考えてみると、その苦しみがちょっと理解できるような気がしたのです。

そういう人にとって、社会的な差別の強さは、FtMの人のそれよりもっとひどく、耐えられないものなのかもしれない、と。しかも、その差別は本人にしてみればあまりにも理不尽なのです。だってその人は「女性」なんですから。

テレビに出てきた彼は、胸が出てくるのがイヤでたまらず、胸を締め付ける下着を常に身につけ、ついに学校に自分の障害を告白し、ジャージ通学、最終的には学ラン着用を認められたとのこと。

これ、逆の立場ならできたでしょうか?見た目は男性の人が、セーラー服を着て通学する・・・。学校が許しても、社会は許さなかったのではないでしょうか?

もちろん、テレビに出てきた彼だって簡単にできたわけではないでしょう。様々な罵声や差別も受けてきたとのこと。それはとてもつらい日々だったでしょう。けれど、逆の立場の場合にはもっと悲劇的な感じがするのです。その場合、彼・・・いや「彼女」に浴びせられる罵声は、もっと壮絶で陰惨なものになっていたはず。まして、その罵声を浴びるのは「女性」です。その罵声や差別に耐え、それでも女性の服を着て街を歩くことができるでしょうか?本人にしてみれば至極当たり前の望みなのに、それができない苦痛、またはそれをしたことによる社会的な差別に耐えることはできるでしょうか?こんな偉そうなことを書いている僕だって、先に紹介したブログではふざけ半分で「僕はそうじゃない」と繰り返しているのです。

いずれにせよ、服だったら脱いだり着たりできますが、体はそうはいきません。この点についていえば、FtMでもMtFでも苦しみは同じです。

こうやって順番に考えていくと、なんとなく彼ら、彼女らの苦しみが理解できるような気がしてくるのです。もちろんこれは「障害を経験したことのない者」の上っ面だけの「きれいごと」かもしれません。でも、考えることは理解することにつながるし、理解することは認めることにつながるし、そして、認めることは尊重することにつながると思うのです。障害を経験したことのない僕たちが、彼らや彼女らを差別することはもちろん、腫れ物に触るような対応もするのではなく、普通に接すればいいんだという、当たり前のことに気づく。それがここで言う「尊重」の意味です。

完全な世界なんてありません。世界はいつでも不公平で不完全です。だって、人間というもの自体が不完全なんですから。でも、人間には想像力と思考力があります。まずはきっかけとしての知識を得ること。そして、そこから想像し、思考すること。そこから何かが変わるかもしれないし、そこからしか変わらないのかもしれないとも思うのです。
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No title
この種の差別やいじめ、
「身体と心の性別が違う人がいる」っていう事実を
テレビやなんかで知ってる今の子供たちが大人になる頃には、
マシになってるんじゃないかな~と思います(甘いかな?)

少なくとも、先日の女装・男装の話、ああいうキワドイ話題を
変な遠慮なしにMtFやFtMの人と一緒に笑い飛ばせるぐらいにはね。
FtM含め女の子が女の子の格好するのは普通でも、
心も体も男のニシオカさんがミニスカにレギンスとかで通勤してたら、やっぱりこの人変わってるよね~ってキャアキャアするでしょ(笑)

>そういう人(MtF)にとって、社会的な差別の強さは、
>FtMの人のそれよりもっとひどく、耐えられないものなのかもしれない
これは、女性として言わせてもらえばどっちがどっちってことはないんじゃないかな~
女性の方が芯は強い、なんて言われることもあるし、精神のタフさってやっぱり個人差が大きいですよね。
ただ、MtFとFtMでは、受けるいじめの種類は違うかもしれません。女のいじめはねちっこいから(-_-;

自分の子供や周りの人がそんな目に会った時に、うまいことフォローできるようになりたいですね。
2010/09/14(火) 12:55:12 | URL | EM #uF7PuGAU [ 編集 ]
No title
> テレビやなんかで知ってる今の子供たちが大人になる頃には、
> マシになってるんじゃないかな~と思います(甘いかな?)

だといいんだけどね。多分、知るだけじゃダメなんだ。
そこから何を考えるか。何を想像するか(何も想像しないのか)。そこで分かれちゃう。

ずっと昔、セサミストリートを見てたら、ものすごく当たり前に車いすの子供が出て来て、他の普通の子供達と一緒に遊んでた。彼女が車いすだとか、「だからこうしてあげましょう」とかの注釈は一切なくて、ただみんなと一緒に遊んでた。カメラも特別に彼女を追うんじゃなくて、単なる「One of Them」として映してた。それを見て、なんか分かったんだ。「つまり、そういうことなんだ」って。「そういう風になればいいんだ」って思ったんだ。

ハンディキャップが故にできないことがあれば助ける。でも、それ以外のところについては何も意識しなくていい。友達として好きなら一緒にいて笑い合えばいいし、嫌いならつきあわなければいい。ただそれだけのことなんだ、って。
僕はそれで目が覚めたような気がした。

> 心も体も男のニシオカさんがミニスカにレギンスとかで通勤してたら、やっぱりこの人変わってるよね~ってキャアキャアするでしょ(笑)

うん。オレも一緒にキャアキャアする(笑)。

> これは、女性として言わせてもらえばどっちがどっちってことはないんじゃないかな~

まったくその通り。

実はこの文章、すごく迷ったんですよ。「FtMの人の悩みはMtFに比べて軽い」なんていうつもりは全然ないんです。ただ、僕は男で、そういう視線で考えたとき、「実感として理解できる」のはMtFの人の方だった。だからそっち視線で書きました。でも、辛さはどちらも同じなんだって、本当にそう思います。

> 女性の方が芯は強い、なんて言われることもあるし、精神のタフさってやっぱり個人差が大きいですよね。
> ただ、MtFとFtMでは、受けるいじめの種類は違うかもしれません。女のいじめはねちっこいから(-_-;

あぁ、なるほど。FtMの場合、同性の視線がすごく冷たいわけか。すごく納得。この文章を書いた時に、どちらかと言えば「実感として」理解できなかったFtMの辛さが、なんとなく理解できたような気がします。

> 自分の子供や周りの人がそんな目に会った時に、うまいことフォローできるようになりたいですね。

そうだね。そういう時にこそ、自分という人間の度量がわかるもんね。
2010/09/14(火) 23:01:12 | URL | Takayuki Nishioka #- [ 編集 ]
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