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そういえば「東京333m」っていう歌、なかったっけ?
スカイツリーが、本日ついに、東京タワーの高さを抜いたそうですよ。

実はわたくし、一昨日の土曜日、「東京タワーを抜く前に」と、スカイツリーを見に行ったのです。いわばその時点で、ほぼ東京タワーと同じ高さだったわけですが、建設現場のすぐ間近で見ていたにも関わらず「・・・あれ?こんなもの?」という感じの高さでした。東京タワーはそれこそ足元から見上げる形で見てますから、そこは単純に比較できないものの、もっと威圧感があるかと思ってたらそうでもなかったんだよね。

その後、その足で浅草へ向かい、仲見世を一旦抜けてオレンジ通りへ出て、近くのすし屋で昼飯を食べました。店を出てふと隅田川方面を見ると、そこにスカイタワーが見えたのです。それは、ついさっき間近で見たものとあまり変わらない・・・というよりも、距離が離れた分だけ威圧感が増すというか。そんな風に見えました。

あれでまだ半分くらいの高さなんでしょ?そこに展望台を作って、さらに上に積み上げていくんだから、完成したら結構な威圧感なんだろうな。

浅草の仲見世越しに見るスカイツリーは、なんか奇妙なたたずまいでした。

で、そこでちょっと想像してみたんです。高度成長期時代の東京タワーも、こんな複雑な面持ちで建ちあがって行ったのかな、と。「成長と発展のシンボル」としての誇らしさと、下町の風情の中に突然現れる奇妙な違和感との狭間にいたのかな。

スカイツリーが建っているのが、押上の駅のすぐそばで、曳船-押上-浅草という、いまだに下町情緒の残る場所に建ちあがっていることが、余計にそう感じさせたのかもしれません。

つまり、なんかすごく奇妙な後味だったんですよ。わかってもらえるかなぁ・・・。スカイツリーを非難するなんていうことじゃ全然なくて、「あの頃、東京タワーを見上げていた気持ちは、きっとこんなんじゃなかったんだろうな。成長と発展への希望にあふれてたんだろうな」という(ちなみに、僕は東京タワーの頃は知りませんよ。そんなに歳じゃない)。

その後、神谷バーで「電気ブラン」を買って、家で飲みましたとさ。学生の頃飲んだ「電気ブラン」はイマイチその味がわからなかったんだけど、日曜日に飲んだ「電気ブラン」はおいしかったなぁ。「歳をとるってのは、こういうことなのかな」とか思うと、それはそれで悪くない。

※『作曲・編曲講座 -Basic-』に「バスドラとベースは仲良し」を追加しました。
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