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名言
音楽とは七文字の文学である。文学とは二十五音の音楽である。
-ジョゼフ・ジュベール

詩は音楽にならなかった言葉。
音楽は言葉にならなかった詩。
-ヘルマン・ヘッセ

音楽とはもっとエモーショナルなものであるべきだ。
-モーリス・ラヴェル

音楽とは言葉を探している愛である。
-シドニー・ラリエ

ジャズとは「自分とは何者であるか」ということでしかない。
-ルイ・アームストロング

音楽は、決して不快感を与えてはなりません。楽しみを与える、つまり「音楽」でなくてはなりません。
-W.A.モーツァルト

音楽にジャンルはない。あるのは良い音楽と悪い音楽だけだ。
-デューク・エリントン

音楽とは本質的に、堅苦しく伝統的な「形式」には収まらないものだ。
音楽とは「色彩」と「律動のある時間の流れ」によって構成されるものだ。
-クロード・ドビュッシー

音楽は、それを作った人間のひたっていた心境に、直にすぐ運んでくれる。
-L.N.トルストイ

人生は、指の練習をしているには短すぎるし、第一、意味がない。
-フジコ・ヘミング

愛していればきっとできる。
-クインシー・ジョーンズ


音楽を創るという行為は、永遠に到達できない山頂を目指す行為と似ている。
それでも私は音楽を創る。
-Takayuki Nishioka
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コメント
コメント
No title
ココロニヒビキマシタ・・♪

音楽は説明のつかないもの・・という浮遊感がいいですね♪

私も頑張って生んでいきます。
2010/03/17(水) 11:52:31 | URL | Asa #mQop/nM. [ 編集 ]
No title
そう。つまりそういうことなんですよね。

「言葉で説明できるものなら、音楽にする必要はない」とも思うわけで、それは逆説的に「音楽とは、言葉にできない感情を、言葉以上に雄弁に表現する創作である」とも言えるわけです。

こういうことを、これからも真摯に考えながら生み出していきたいなと思います。
2010/03/17(水) 13:24:13 | URL | Takayuki Nishioka #- [ 編集 ]
No title
すんまへん
大成功を果たした賢者がいうことは
耳を傾けよ!
だが、愚者はそれを真に受けちゃダメよ
と爺ちゃんから言われてますので・・・
反論させてちょんまげ!



半音は使わないのかよ!-ジョゼフ・ジュベール

ぐるぐる回ってないで
どっちかにしろ!-ヘルマン・ヘッセ

うん。
それはいえる-モーリス・ラヴェル

漠然としすぎ~-シドニー・ラリエ

その境地に達するまでの方法が
知りたいんですけど~-ルイ・アームストロング


ゴメン!-W.A.モーツァルト


逆ですよ!-デューク・エリントン


そのぐらいおらも言えるわ-クロード・ドビュッシー

それは
気のせいですよ!-L.N.トルストイ


そんなピアノ教室、待ってました!-フジコ・ヘミング


うっふん!何かできちゃうよね-クインシー・ジョーンズ


では失礼いたします。

あ!わすれてた

音楽とは・・・・・
ぅ~~~~~~~~~~~~~~~ん??? - WEB-MIX

やっぱアホ
2010/03/17(水) 16:34:06 | URL | WEB-MIX #EBUSheBA [ 編集 ]
おひさしぶりです♪
ていうか、そこは別物でいいんじゃないの?-ジョゼフ・ジュベール

ていうか、そこは別物でいいんじゃないの?-ヘルマン・ヘッセ

う~ん言えてる。芸術家の言葉ですね。
売れ線だのコストだの意識しなきゃならない音楽「職人」にはきっと耳が痛いー。
-モーリス・ラヴェル

対象が何にせよ、愛があるからこそ
すべての感情は起こり得るわけで、
ラヴェルの言葉をラリエ流にボカすとこうなるってことですか。
-シドニー・ラリエ

ジャズはわからないけど……
どんな音楽も、突き詰めれば自分でしかないような気がする。
-ルイ・アームストロング

自分が「音」を「楽」しめばそれで音楽なんじゃないかな~
どう受けるかは、聴き手の自由だし、千差万別。
作り手がそこまで責任持つべき?
-W.A.モーツァルト

何を以て、良い悪いを判断すればいいのか知りたい。
「自分にとって」良いか悪いかってことならわかるんだけども。
-デューク・エリントン

なんとなく同意。
-クロード・ドビュッシー

そこまで伝わる音楽ってなかなか作れないんですよね~!一般人には。
-L.N.トルストイ

尤もなんですが
ピアノで伝えたいなら、ある程度のテクニックはやっぱり要る。
指の練習は、避けて通れないよね~。
誰かこの調子で、作詞作曲編曲の練習なんて意味ないぜ!
歌の練習なんて意味ないぜ!って言ってくれんかしら。
-フジコ・ヘミング

愛が大きな原動力の一つであることは間違いない。
-クインシー・ジョーンズ

偉人の言葉にケチをつける気はないんだけど
真似して感想を書いてみようと思ったら半分ぐらい反論になった……?
WEB-MIXさんも私もヒネクレてますね~^-^;

ここで一句。(違
音楽とは!

……そんなのあんまり考えたことな~い。
ただ、日々自分の中に起こる感情が、許容量を超えないように吐き出される時、
私の場合それが、音楽という形にもになる。
嬉しくて笑みがこぼれたり、悲しくて涙があふれるのと同じようなもん。
排泄っていう表現もぴったりきますね。キタナイけど(笑)

2010/03/18(木) 12:43:09 | URL | EM #q8Tu6yNg [ 編集 ]
No title
お二人とも、書き込みどうもありがとう。いろいろ考えさせられました。

この手のいわゆる「名言」なんてヤツは、大体が居丈高で断定的であり、かつ、その前後に本来ついていたはずの説明がカットされ、一部だけ切り出されているものもあったりするので、あまり個別の単語に敏感になる必要もないのではないかと思ったりもします。

また、「居丈高で断定的」であるが故に、それを語った本人のことや時代の背景を知らないと誤解を生むってことも当然ありますよね。

例えばフジコ・ヘミングだって、ここに到るまでに地獄のような経験と訓練を積んで、ようやくたどり着いた境地の上での発言ですし(つまり、この言葉を真に受けて練習をさぼっちゃいけないってこと(笑))、デューク・エリントンの発言も「ジャズとは何ですか?」との質問に対する答えです。いいか悪いかは誰にも判断できないということは百も承知で、彼は「自分は自分ができるベストの仕事を・・・自分が考える「いい音楽」を作っているだけだ(それがジャズになっているだけだ)」という思いを述べたわけです。

一方、ラヴェルの発言は、自身の最も有名な作品「ボレロ」に対する発言であり、「(ボレロは)オーケストレーション「技術」によって作られたに過ぎない」という、いわば自己否定の後に続くセリフです。その「ボレロ」が、「オーケストレーションの魔術師」と呼ばれた彼の卓越した技術によって、最も有名でエモーショナルな作品になっているのは皮肉なものですが、それでも彼は「もっとエモーショナルなものを」と「自分に」求めたのです。

ドビュッシーの時代は、音楽とは「形式そのもの」であり、それを破壊するのは単なる無法者でした。実際、彼は音楽学校で何かの形式を学ぶと、翌日、必ずその形式をことごとく破った音楽を作って来たので、彼の提出した作品はいつも教師の赤ペンで真っ赤だったと言われています。当時としてはあまりにも革新的だったためにまったく誰にも理解されなかったサティの音楽に強い影響を受けた彼のこの発言は、時代背景を考えると、やはりかなり革新的だったのです。それでも単なる無法者ではなく(規則を破る「だけ」なら誰でもできる)、作品として成立しているのが彼のすごいところ。極端な言い方をすれば、私たちは知らないうちに、このドビュッシーの考え方を受け継いでいるとも言えるのかもしれませんね。

もしトルストイの言っていることが「気のせい」なら、少なくとも僕には音楽を作る意味がなくなってしまいます。EMさんのおっしゃるように、感情の吐露が音楽なのだとすれば、「それを作った人間(つまり「自分」)のひたっていた心境」を理解して欲しいから作るわけで(たとえそれが「永遠に到達できない山頂」であったとしても!)、それは「音楽」「文学」「絵画」といったあらゆる芸術活動において同じであると考えます。

・・・おかしいなぁ。こんなに小難しい話をするつもりはなかったんだが・・・(^^;)。でも、酔っ払って話してると、こんな感じになるよね(笑)。
2010/03/18(木) 15:44:40 | URL | Takayuki Nishioka #- [ 編集 ]
作曲講座番外編!
わ~!
詳しい解説ありがとうございます、ニシオカ先生。
こういう風に発言の一部だけ後世に伝わってると
あたかも普遍の真理(=それ以外は音楽とは呼べん!パチモンじゃ!)として発言してるように思えてしまったんですが
その人固有の経験に裏打ちされた、「(私にとって)音楽とは……」ってことなんですよね。納得~。

ただ、私の場合、仰るように感情を理解してほしいとか、伝えたいとかではなくて
何かを感じた時にもっと意志の関与しないところで音楽が勝手に流れてくる?よく降りてくるとか湧いてくるとか言うあの感覚で自分の内側に作られるものを、音楽と解してます。表に出そうとするのは、発散したいのと、どう解釈されようがスキって言われたら嬉しいなっていう気持ちで……ああやっぱり上手く言えないけど。
全部の曲がそうじゃないし、空オケにメロだけ付ける場合や、打ち込みとか演奏っていうプロセスでは意志や計算が働くわけですが。
(そこが未熟なのでいいものが出来ないんだろうな。)

まあつまり、ニシオカさんや偉人たちの音楽観って、やっぱり自分と似てる部分や全然違う部分があって、面白いなーと思った、ということが言いたかっただけなんですけど(^^;

ニシオカさん周りの音楽人が集まって呑むと
こういう話で盛り上がったりするのかな~
誰かが歌いだし、時折寒いギャグが飛び交うどんちゃん騒ぎの中、壇上で裸で講義を始めるニシオカ先生……
楽しそうですよね!
2010/03/19(金) 08:09:40 | URL | EM #q8Tu6yNg [ 編集 ]
No title
> 表に出そうとするのは、発散したいのと、どう解釈されようがスキって言われたら嬉しいなっていう気持ちで……ああやっぱり上手く言えないけど。

そう!それなんですよ!多分、僕とEMさんの音楽に対する考え方は、細部では異なるかもしれないものの、大筋同じなわけです。「どう解釈されようがスキって言われたらうれしい」からやってるんです。完全に同意します(http://tnishioka.web.fc2.com/lesson/advance/5000.htmlにも書いた通り)。

で、それはやっぱり「上手く言えない」んですよ。だって、こんなに複雑でデリケートで哲学的な問題って、ないと思いません?だからこそ、いろいろな人がいろいろな考え方をするわけです。僕らの中の考え方と彼らの考え方と、同意できる部分や気づかされた部分は上手く吸収して自分のものにしていけばいいんだと思うし、そしてそれはやっぱり上手く伝えられないけど、だからって諦めるのではなく、伝える努力はすべきだと思うわけです。「私はこれが好き。あなたにも好きって言って欲しい」っていう。

これ、ローリングストーンズの「We love you」っていう曲がぴったりはまるような気がします。


We love you(一部抜粋)
 (Mick Jagger/Keith Richards)

We don't care if you only love "we"
We don't care if you only love "we"
We love you, we love you,
And we hope that you will love "we" too

僕らのことだけを愛してくれなくてもいい。
でも僕らは君を愛してる。
だから僕らのことも愛して欲しい


これは、麻薬でつかまったミックとキースが、ファンに向けたメッセージだと言われています。つまり、そんなことだったりするんじゃないかな、と。

> 全部の曲がそうじゃないし、空オケにメロだけ付ける場合や、打ち込みとか演奏っていうプロセスでは意志や計算が働くわけですが。

これもそう。それは「好きって言ってもらうための計算」ですよね。「作曲・編曲講座」(http://tnishioka.web.fc2.com/lesson/lesson_top.html)でも言っているように、 「作曲」っていうのは「内なる衝動(エモーション)」、「編曲」っていうのは「そのための技術(テクニック)」だと思うんです。どちらもとても大切で、それは「好きになってもらうためのもの」なんですよね、きっと。

> 誰かが歌いだし、時折寒いギャグが飛び交うどんちゃん騒ぎの中、壇上で裸で講義を始めるニシオカ先生……
楽しそうですよね!

「あれ~~?オレ、いつ脱いだ~~?」なんつってね(笑)説得力ねぇ~~(笑)
2010/03/19(金) 11:05:41 | URL | Takayuki Nishioka #- [ 編集 ]
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